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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)916号 判決 1964年5月07日

原告 伊藤文子 外二名

被告 保川鉄男

主文

被告は原告等に対し別紙目録<省略>第三ないし第六の土地並びに同目録第九及び第一〇の建物につき、東京法務局品川出張所昭和二六年四月二七日受付第四七〇二号をもつてなした昭和二四年八月六日相続を原因とする所有権移転登記を、同一相続を原因とする保川キヨの持分六分の二、被告保川鉄男、原告保川綾子、原告伊藤文子、原告保川実の持分各六分の一の割合による所有権移転登記に更正登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一申立

(一)  原告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

(二)  被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

第二主張

(原告等の請求原因)

(一)  保川キヨは保川佐吉の妻であり、両名の間には長男被告、長女原告綾子、二男原告実、二女原告文子がある。

(二)  保川佐吉は別紙目録第一ないし第六の土地及び同目録第七ないし第一〇の建物を所有していたが、昭和二四年八月六日死亡したので、その相続人である保川キヨ、原告等及び被告が共同相続し、右土地建物は保川キヨの持分六分の二、原告等及び被告の持分各六分の一の割合による共有となつた。

(三)  然るに別紙目録第三ないし第六の土地並びに同目録第九及び第一〇の建物(以下本件不動産という)については、東京法務局品川出張所昭和二六年四月二七日受付第四七〇二号をもつてなした昭和二四年八月六日相続を原因とする被告のための所有権移転登記が存する。

(四)  保川キヨは昭和三五年一月一六日死亡し、その相続人である原告等及び被告がその遺産を承継した。

(五)  よつて原告等は被告に対し主文第一項記載の更正登記手続を求める。

(請求原因に対する被告の答弁)

請求原因(一)ないし(四)の事実を認める。

(被告の抗弁)

(一)  保川佐吉の相続人である保川キヨ、原告等及び被告は昭和二五年一二月二四日協議のうえ保川佐吉の遺産を分割した結果被告が本件不動産の所有権を取得し、その所有権移転登記をしたものである。

(二)  仮りに右抗弁が認められないとしても、原告等は右遺産分割協議のなされた昭和二五年一二月二四日にその相続権が侵害された事実を知つたものであり、仮りにそうでないとしても右所有権移転登記のなされた昭和二六年四月二七日に右事実を知つたものであるところ、原告等の本訴提起のときは同日から五年を経過しているから原告等の相続回復請求権は時効により消滅しており、被告は本訴において右時効を援用する。

(抗弁に対する原告等の答弁)

抗弁(一)の事実は否認する。被告主張の遺産分割の協議は原告綾子及び原告文子の不知の間になされたものであるから無効である。

抗弁(二)の事実は否認する。

第三証拠<省略>

理由

(一)  原告等主張の請求原因(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争がない。

(二)  被告は昭和二五年一二月二四日共同相続人全員の協議により保川佐吉の遺産を分割した結果、被告が本件不動産の所有権を取得した旨主張する。

そして乙第一号証(覚と題する書面)には、昭和二五年一二月二四日保川佐吉宅において佐吉の妻保川キヨ、長男被告、二男原告実及び義弟伊藤庄次郎、親戚として保川一次郎妻きよ、保川万太郎、間宮三吉出席のもとに相談した結果佐吉の相続財産のうち本件不動産は被告、別紙目録(一)及び(二)の土地並びに(八)の建物は原告実、同(七)の建物は原告綾子において相続すること、固定資産税その他の税金登記諸費用約四三、〇〇〇円は被告の責任において処理するが、右金員のうち原告綾子は五、〇〇〇円、原告実は一〇、〇〇〇円を分担することの合意が成立した旨の記載があり、末尾に右出席者のほか原告綾子、同文子の署名があり、その名下にそれぞれ捺印してあることが認められる。

然し右書面は共同相続人である原告綾子、同文子が欠席したまゝ遺産分割の協議をした結果作成されたものであることは右書面の記載自体によつて明らかであり、又証人保川実、同伊藤庄次郎の各証言及び原告綾子、同文子の各本人尋問の結果によれば、右書面末尾の原告綾子の署名は被告の求めにより原告実が、原告文子の署名は伊藤庄次郎がそれぞれ本人の承諾を得ずに代署し捺印したことが認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、ほかに右認定を動かすに足りる証拠はない。従つて右書面は作成名義人である共同相続人全員の意思にもとづいて作成されたものとは認め難いからこれをもつて適法な遺産分割がなされたものとはいえない。なお乙第二号証(相続財産分割証書)には前記覚書と同趣旨の記載があるが被告本人尋問の結果によれば、右証書は被告が本件不動産の所有権移転登記をする際司法書士において前記覚書にもとづき便宜作成したものにすぎないことが認められるからこれをもつて被告主張事実の認定資料とすることはできない。そしてほかに被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

かえつて証人保川実、同伊藤庄次郎、同間宮三吉の各証言及び原告綾子、同文子、被告各本人尋問の結果によれば、昭和二五年一二月上旬から三回にわたり、保川キヨ、原告実、被告伊藤庄次郎、保川万太郎、間宮三吉が佐吉宅又は保川万太郎宅に集まつて佐吉の遺産分割について協議した結果、同月二四日頃乙第一号証の覚書が作成されたものであるが、分割の具体案は被告と保川万太郎、間宮三吉らが長男である被告の利益を中心にして決定し、佐吉の妻であるキヨは何らの財産分けをもうけられなかつたこと、原告綾子、同文子は終始その協議から除外され分割内容を関知していなかつたこと、もつとも原告文子は伊藤庄次郎の養女であつたか、伊藤庄次郎は佐吉の義弟(佐吉の妹の夫)としての資格で親戚を代表して右協議に参与したにすぎず原告文子の養父として同人を代理して協議に加わつたものでないこと、被告の本件不動産の所有権移転登記に必要な原告文子の印鑑証明書(乙第七号証)も伊藤庄次郎が被告の依頼により原告文子に無断で交付を受けたことが認められ、証人保川万太郎、同間宮三吉の各証言及び被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、ほかに右認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告主張の遺産分割は、共同相続人である原告綾子、同文子を除外して行われたもので無効であることが明白であるから、被告の右抗弁は理由がない。

(三)  次に被告は、原告等の相続回復請求権は時効により消滅しているから、右時効を援用する旨主張する。

然し本訴は他の共同相続人を除外して被告が相続財産である本件不動産について単独所有権移転登記をした場合において除外された共同相続人である原告等が共有権に対する妨害排除として登記を実体的権利関係に合致させるため自己の持分について(保川キヨの持分についてはその相続人として)更正(一部抹消)登記手続を求めるものであり、その訴訟物は通常の共有権にもとづく妨害排除請求権であつて、相続回復請求権としての性質を有しないものである。

けだし、相続回復請求権は本来相続権のない者が権原なくして相続財産の管理処分をする場合に真正な相続人に相続財産を回復するため認められた特殊な請求権であるが、現行法上かゝる請求権を認める実益は民法第八八四条に規定する短期消滅時効以外に存しないのであつて(個々の財産を特定することなく包括的に相続によつて取得した財産上の地位を回復する請求は、請求の特定、執行などの点において疑問があり、その成否は極めて疑わしい)、右短期消滅時効の設けられた趣旨は家督相続の廃止された現行法のもとにおいては、必ずしも明瞭とはいゝ難いが、表見相続人が相続財産を管理処分している場合にはこれを永く不確定な状態にしておくことは、相続が重大な利害関係を伴う事項である意味においても、又表見相続人の保護、取引の安全のためにも避けるべきであるから真正相続人の回復請求に短期消滅時効を設けることは理由がないとはいえないが、相続財産が共同相続人の一員の手中にある場合においては、遺産分割の問題として考えれば足りるのであつて(殊にその場合に短期消滅時効のため共同相続人が分割請求権を喪失し、相続財産につき何らの権利をも取得し得ないとすることは、専横な相続人の利益に偏し、共同相続の理念の徹底を期し得ない虞れがある)、共同相続人が遺産分割の前提としてその相続財産につき共同相続人の共有関係を回復することは、通常の共有権にもとづく妨害排除請求権であつてこの場合にもなお相続回復請求権の性質を有するものということはできない。

従つて被告は相続回復請求権の消滅時効をもつて抗弁とすることができないから、被告の右抗弁は理由がない。

(四)  従つて被告は原告等に対し本件不動産につき原告等主張の更正登記手続をなすべき義務があるから、原告等の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中宗雄 竹田稔 岡崎彰夫)

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